幹の会と株式会社リリックによるプロデュース公演の輝跡

 

「暖かさに触れて」

磯部 勉

 『三匹の侍』『桔梗鋭之介』このイメージでした。女好きで、ニヒルな男。
若い頃から平幹二朗と言えば、私にとってこのイメージでした。
 でも違いました。
 
 私は1972年に俳優座に入団しましたが、平さんはその頃すでに俳優座を退団されていて、劇団での仕事などは写真でしか知ることが出来ませんでした。
 
 その後の御活躍は、テレビや舞台、映画で拝見しておりましたが、1996年に「幹の会」からお誘いがあり、シェイクスピアの『メジャー・フォー・メジャー』で初めて御一緒させて頂きました。
 
その時の平さんの印象を思い返してみたのですが、女が好きそうでも、ニヒルでもなく本当に穏やかな方だったのです。
私は思いました。
これでは桔梗鋭之介ではない。
しかし凛としている。
 
 それでいて、いたずらっ子のような笑顔、優しそうな口調、だが時として見せる切れ長の目の鋭さ、あれこそが桔梗鋭之介だ、などと勝手に想像を巡らして、失礼ながら平さんを楽しんでおりました。
 
ある日の稽古でのこと、私が平さんの前でセリフを言う場面で、セリフが出なかったことがありました。
 
稽古後、平さんが「磯部君、何であそこセリフが出なかったの」と聞いてこられたので、咄嗟に「平さんって、なんて顔が大きいんだろうと思った瞬間にセリフが消えました」と思った通り言ってしまったのです。
 
平さんは一笑いしたあと真顔で「磯部君に言われたくないよ」とおっしゃられました。
しまったと思いながらも、さもありなん。
私も平さんに負けず劣らず顔が大きかったのです。
その日以来、その場面は平さんの口元当たりだけを見て芝居をしていたと思います。
平さん、すみませんでした。
 
 翌年には『クレオパトラ』という芝居で御一緒させて頂きました。あの暖かく、穏やかでいながら、厳しく切り込んでゆく芝居がまた間近で見ることが出来ると思うと、何かホッとする感情が湧き上がってきたことを思い出します。
そうなんですよ、
平さんって得も言われぬ暖かさの色が、体中から発せられているような方なんだなぁと思いました。
ですから観客も出演者もその色に包み込まれて、言い知れぬ心地よい世界に引き込まれてしまうのではないでしょうか。
きっとそうだ。
そんな平さんと共演させて頂き幸せでした。今、その感触を思い出しながら、この文を書いています。 
 
合掌